雪の下のクオリア
さて、記念すべき最初の記事にどの作品を選ぼうと悩んだ結果、紀伊カンナさんの『雪の下のクオリア』について書くことにしました。
雪の下のクオリア (H&C Comics CRAFTシリーズ) https://www.amazon.co.jp/dp/4813031145/ref=cm_sw_r_cp_api_i5R6Bb34YH0G8
紀伊カンナさん、ご存知でしょうか。
私も詳しくは知りません。元イラストレーター(どこで聞いたか忘れましたが確かそうだったはず。違ったらすみません。)で、現在は漫画を描いたり、挿画を描いたりされてます。優しくて繊細な絵が印象的です。エトランゼシリーズが有名なんじゃないでしょうか。
先に挙げたエトランゼシリーズも、今回お話しようとしている作品も、どちらもBLです。そう、男の子と男の子の恋愛を描いているのです。(もちろんBLじゃない作品も描かれています。)
BLというと苦手意識を持たれる方も多いでしょう。かくいう私もその傾向はあります。偏見かもしれませんが、女性の欲望を丸ごと閉じ込めた感じがして怖いのです。現実の世界の話ではなく、あくまでもお話の中だけのことです。読み手の強い意志が透けて見えるのも苦手の理由かもしれません。(いわゆる百合も同じ理由で遠ざけてしまいがちです)嫌いなわけではないのですが、わざわざ好んで読もうとまでは思わないジャンルです。
では、なぜ『雪の下のクオリア』について書き連ねようと思ったのか。
それは、私が『雪の下のクオリア』を好きだからです。好きになった作品が、『雪の下のクオリア』だったからです。いま言ったことは結構大事なことです。好きになった作品が、たまたま男の子同士の恋愛を描く作品だったのです。
導入が長くなってしまいましたが、ここからが『雪の下のクオリア』の感想です。お待たせしました。
このお話は、大好きだった人に愛されなかったという傷を抱えたふたりが出会い、お互いに変わっていく物語です。(断定口調ですが、私が勝手にこう解釈しているだけです。どんなお話でも、色々な読み方がありますよね)
ゲイの海は、中学生の頃、初めて好きになった男の人(塾の先生)と想いが通じあったと思いきや、捨てられてしまう。それからは、男の人と一度きりの関係を繰り返すことで、孤独を紛らわせて生きる。
もう一人の登場人物アキは、小さい頃に父親が他所に女を作って出て行ってしまったという過去を持つ。だらしない父親を嫌いながらも、かつて父が喫っていた煙草を喫いつづけ、父に教えてもらった植物図鑑を大切に所持している。
過去に負った傷をどうやり過ごすか、という点でふたりは対照的です。海は貰えなかったものを他者に求め、アキは居なくなった人の気配をずっと側に置き続ける。
「誰かに愛されたい」と切実に願っていることが伝わる海の生き方。その「誰か」が分からないから、不特定多数にそれを求めてしまう。
では、アキは何を願っているのでしょうか。
嫌いなはずの父親との思い出を傍に残している、という感覚は私にはよくわかりません。むしろ、私はなるべくそれを遠ざける方法をとり、存在を忘れようと尽力するほうだからです。
同様に、海もアキの感覚が新鮮に映ったようです。
「先輩って 自分で嫌いってわかってる事も 傍に残したり 忘れない様にしているでしょう。オレは そういう感覚 全然無かったから びっくりしたんですよ」
海の台詞は続きます。
「オレ…多分 先輩の事 好きなんですよ」
この脈絡のなさが衝撃的でした。脈絡がまるでないはずなのに、海がアキのこと本当に好きだったちゃんと伝わってくる。不思議です。きっと、この台詞が放たれる前に、海の視線とか動きとか台詞がきちんとアキに向かっているからです。だから、一見脈絡がないようでも、本当に好きだということが伝わるのです。
少し話が逸れてしまいました。
先ほど立てた問いは、アキは一体何を求めているのか、ということ。愛されなかった傷を持ち続けながら、何を求めて生きているのか。
海が「誰かに愛されたい人」だとしたら、アキは「誰かを愛したい人」ではないでしょうか。
きっとアキは父親のことが大好きだったはずです。好きじゃなければ、思い出を傍に置き続けたりしないでしょう。そして、今でも父のことが好きなはずです。でも、好きとは言えない。なぜなら、愛してもらえなかったから。勝手にいなくなってしまったから。
しかし、父を許したいと思う気持ちもあるはずです。そうじゃなかったら、わざわざ古い銘柄の煙草を喫い続けていることに説明がつかないでしょう。
きっと、アキの中では「父を許したい」と「誰かを愛したい」がほぼイコールになっているのではないでしょうか。父を許した末に、誰かを愛せる、とも言えるかもしれません。
ふたりは互いの中を深めていく中で、相手の傷を癒していきます。愛されたい海と、愛したいアキ。海の一方的にアプローチから始まった交流でしたが、アキもきちんと海に近づいていきます。例にもよって、視線や行動、台詞によって感じることができるのです。徐々に、それらが海に向かって放たれていると思わせるような描写が印象的です。
物語の最後、アキが想いを伝えるシーンがとても素敵です。「好き」という言葉を使わなくても、相手を思いやっていることが十分に伝わる台詞。さわやかな春の風を頬に感じながら、ふたりの未来に想いを馳せてしまいます。
アキと海の人生に、幸多からんことを。
次回は、違国日記か私の少年についてつらつら書き連ねたいと思ってます。が、予定は未定なので全然違う作品を取り上げてるかもしれませんし、飽きてブログ自体をやめてる可能性もあるでしょう。